要点

  • 動物病院で「心理的安全性」が難しいのは、原因論で問題を追う医療の習性と、ドクター・看護師の上下関係の2つが理由です
  • 絶対的能力者を崇拝する組織であれば、心理的安全性はなくても回ります。ただし複数施設・複数専門の病院では成り立ちません
  • 私の答えは、「ティール組織はレッド・アンバー・オレンジ・グリーンを内包する」 ことです。普段はティール、緊急時は一瞬レッドに振ります
  • 心理的安全性 ≠ ぬるい組織。組織は生き物で、ホルモンのように刺激の種類を使い分けます
  • 若い世代は「満足度」より「幸福度」を求めています

1. 心理的安全性は今、どう語られているか

ここ数年、医療業界でも「心理的安全性のある組織」という言葉をよく聞くようになりました。
本にもよく出てきますし、就職説明会で「うちは心理的安全性があります」と語る病院も増えています。本にも「ありがとう因子」「勇気づけ言葉」のような話がよく出てきます。

私はずっと、勉強会でアドラー心理学・幸福学・経営学・行動経済学を読み続けてきました。「辞める人、ぶら下がる人、潰れる人、さてどうする」のような本もずっと読んでいて、たどり着いた最終結論が ティール組織 でした。

その流れの中で、心理的安全性についても自分なりの答えを少しずつ持つようになってきましたので、今日はそれを書いていきます。


2. なぜ動物病院では「心理的安全性」が難しいのか

私は、医療現場、特に動物病院では心理的安全性を成立させるのが他業種より難しいと考えています。理由は2つあります。

2-1. 原因論の罠 — 医療現場が陥りやすい落とし穴

医療というのは、何か問題が起きたら必ず原因を追求する仕事です。

「この症状の原因はこの病気」「この合併症の原因はあの処置」と、原因論で考えるのが訓練として身についてしまっています。

しかし、組織運営に同じやり方を持ち込むと、問題が起きるたびに 「誰がやったか」を追求して止まってしまいます

アドラー心理学でいう 「目的論」、つまり「この問題が起きないようにするには、組織設計をどう変えればいいか」という発想に切り替わらないのです。

2-2. 上下関係というハンディキャップ

もう一つは、ドクター・看護師・トリマー・受付という明確な役職の階層 が存在することです。

心理的安全性は本来、フラットな組織 で成立しやすいと言われます。しかし、医療は資格と専門性で役割が明確に分かれている世界です。

「じゃあフラットな組織って何?」と追求していくと、結局、役職はあるけれども、目的に向かって動いている時に上下を感じない状態のことなのではないか、と思うようになりました。


3. 心理的安全性が「なくても回る」例外的な組織

ここまでで「動物病院で心理的安全性は難しい」と書きましたが、実は 心理的安全性がなくても成り立つ組織 があると考えています。

パターン1: 絶対的能力者を崇拝する組織

整形外科のすごい上手な先生が一人いて、その人の右と言えば右、左と言えば左、というような病院です。

その人を尊敬していて、その人から学べることがたくさんある状態であれば、心理的安全性は実は必要ありません。みんな目的が一致していて、その目的が「あの人から学ぶこと」だからです。

パターン2: 単一目的の小さな施設

整形外科だけ、というように専門が一つに絞られていれば、心理的安全性なしでも組織は回ります。

ただし、複数の専門を持つ病院、複数の施設を抱える組織 では成り立ちません。

最近「うちは心理的安全性があります」と言っている病院が増えていますが、実際には無理してそれを作っている ケースもあるのではないか、と私は感じています。


4. 私の答え — ティール組織は他の4段階を内包する

私がたどり着いた答えはシンプルです。

ティール組織は、レッド組織・アンバー組織・オレンジ組織・グリーン組織のすべてを経験している、または含んでいる状態でしか成立しません。

普段はティール、緊急時はレッド

経営者として「ここはまずい」という瞬間には、右に一気に舵を取らなければならない時 があります。これは『ティール組織』の本にも載っている エマージェンシースイッチ です。

その瞬間は、組織は一気にレッド組織になります。トップが恐怖を伴って指示を出します。

ただし、それを連打すると「ティールじゃないじゃん」と言われてしまいます。普段はティールだからこそ、緊急時の一瞬のレッドが効くのです。

経営者が信頼されているから、急ハンドルが効く

「社員を幸福にさせたい」と日頃から伝わっていれば、急に右と言われても、スタッフは「一旦右に行ってみるか」と応じてくれます。

崇拝までいかなくても、その方向性に賛同している状態 — これがティール組織が機能する前提です。


5. 組織はホルモンに似ている — 短期と長期の使い分け

では、その「普段のティール」を支えているものは何でしょうか。私はよく組織を ホルモン に例えて考えます。

ボーナスはエピネフリン

ボーナスは、エピネフリンやドパミン のようなものです。

働くモチベーションの話で一番即効性が高いのは「10万円上げるからこれやって」というたぐいのものです。ボーナスを払った直後の 2ヶ月くらいは、みんな笑顔になっている気がします。しかし、だんだん時間が経つと、それが当たり前になってしまいます。

「ボーナスはエピネフリン」 だなと、私はずっと思っています。

日常はオキシトシンとエンドルフィン

一方で、みんなで何かを達成したときに出るのがエンドルフィン

そして、優しいホルモン、一家に散るような感覚で出るのがオキシトシン

普段はオキシトシン的な優しさが流れている組織。ある時はエンドルフィン的な達成感がある。それが「満足」ではなく「幸福」と呼ばれる組織になるのではないでしょうか。


6. 「満足度」と「幸福度」は違う — 若手の変化

私が最近強く感じているのは、満足度 ≠ 幸福度 ということです。

ホワイト企業、就業時間を守る、労働時間を短縮する。これは「満足度」の話です。

しかし、最近の若い先生たちを見ていると、「もっと勉強したい」「もっと教えてほしい」 と言う子が増えてきました。

10年〜5年前の新卒は満足度を追求していました。世の中が「ブラックを撲滅しよう」という流れの中にあったからです。

しかし今、ブラックじゃないようにすることに上の層が気を使いすぎて、「満足ではあるけれど、幸福ではない」状態が生まれている気がします。

うちの病院でも時間外労働を減らしてきましたが、それを進めると 時間外手当が減って給料が減ります。「給料減るから、時間外労働を減らしたくない」というパラドックスです。


7. 心理的安全性は「ぬるい組織」ではない

ここまで書いてきて、最後にどうしても言っておきたいことがあります。

心理的安全性は、ぬるい組織のことではありません。

「なんでも言える」「優しい人ばっかり」「怒られない」 — これだけだと、ただ生ぬるい組織です。

私が考える心理的安全性は、

  • 普段は オキシトシン的な優しさ が流れている
  • ある時は エンドルフィン的な達成感 がある
  • 緊急時は レッド組織として一瞬だけ右に振る ことができる
  • そして、目的論で組織設計を考え続ける こと

これらが揃って初めて、「心理的安全性のある組織」として機能するのではないでしょうか。

組織は生き物みたいなものです。ずっと同じことをしていると暇になってしまいます。 刺激のリズムを失わないこと。それが、私が動物病院の現場で続けてきた組織論の今のところの答えです。


まとめ

  • 動物病院で心理的安全性が難しいのは、原因論の習慣明確な上下関係 が理由です
  • 例外的に、絶対的能力者を崇拝する組織や単一目的の組織では、心理的安全性なしでも回ります
  • 私の答えは 「ティール組織は他の4段階を内包する」 ことです。普段はティール、緊急時はレッド
  • 組織はホルモンと同じです。ボーナスはエピネフリン、日常はオキシトシン、達成はエンドルフィン
  • 若手は 満足度より幸福度 を求める時代に変わりました
  • 心理的安全性は ぬるい組織ではなく、刺激のリズムを失わない組織 のことです

FAQ

Q. 心理的安全性のない組織は悪い組織ですか?
A. いいえ。絶対的能力者を中心に集まっている組織や、単一目的の小さな施設では、心理的安全性がなくても十分に機能します。

Q. 「目的論」で組織を考えるとは具体的にどういうことですか?
A. 何か問題が起きたときに「誰がやったか」ではなく、「この問題が二度と起きないようにするには組織設計をどう変えるか」を考えることです。

Q. ティール組織は理想形ですか?
A. 理想形というよりも、レッド・アンバー・オレンジ・グリーンを すべて使い分けられる状態 だと考えています。普段はティールでも、緊急時はレッドに振る判断ができることが大事です。

Q. 給与を上げれば組織は良くなりますか?
A. 短期的なエピネフリン的効果はあります。ただし2ヶ月で慣れてしまいます。長期的な幸福度を上げるには、オキシトシン・エンドルフィン的な日常の積み重ねが必要だと私は考えています。