要点

  • 心理的安全性はティール組織の一部で、これがないと成り立たない。でも それだけでは問題 だと思っています
  • 心理的安全性は 意見を言える環境。その先にある自律性は、言った意見に責任を持つこと
  • 「うちは心理的安全性があります」と語る院長は多い。でも 失敗報告はできているか、提案は本当に通るか
  • 心理的安全性 + 責任を取らなくていい自由 = 組織はけっこうめちゃくちゃになっていく
  • スタッフに院長と同じ責任は負えない。その人が責任を持てるレベルで 意見と行動が結びつく環境をつくる
  • そして何より、院長自身の自律性 が確立していないのに、スタッフに求めても仕方がない

1. 心理的安全性だけでは、足りない

以前も少し書いたテーマですが、あらためて考えていることがあります。心理的安全性の話です。

心理的安全性は、ティール組織の中の一部として入っているもので、これがないとティール組織は成り立ちません。それは間違いない。ただ、それだけだと問題なんじゃないか と、私は思っているんです。

以前、「うちは心理的安全性がある組織です」と雄弁に語る動物病院の院長を見かけたことがある、という話を書きました。それはそうなんでしょう。でも、その後どうでしょうか。院長に失敗の報告ができているのか。提案をして、それがちゃんと通るような状況なのか。 その先があるのかな、と思うんです。

心理的安全性と自律性は、次のステップの関係にある。私はそう考えるようになりました。


2. 自律性という、深いテーマ

自律と自由の違い。これが、すごく難しいなと思っています。

以前、獣医ではないティール組織の勉強会に参加したときのことです。面白いおじさんがいて、どこかの大学の教授なのですが、心理学か何かのオーソリティで、「自律性」というテーマをずっと追求しているという。

そのときは「すごいな、このおじさん」と思いつつ、正直「何がそんなに追求することなのかな」と感じていました。ところが最近、その意味がようやく分かってきたんです。これは本当に、すごく深みがある。


3. 1年目の獣医師と、全体性

きっかけは、新人の獣医師が入ってきたことでした。

1年目の子は、やっぱり自由にやっています。でも、自由にやっているだけではダメだな、と思ったんです。

たとえば、何かを見たい、知りたい、見学したい。それ自体はいいことです。でも、自分の持ち場がある。その持ち場を離れてしまうと、他の先生に迷惑をかける可能性がある。そこには、関係性や全体性が欠如してしまう。

もうひとつ、変化する目的 という観点もあります。みんなで良い獣医療を成功させようと思ったとき、1年目の自分は何が役に立てるのか。それを考えられるはずなんです。そしてそれは、どんどん変化していく。1年目のときはこう、2年目になったらまた変わる。それが、個人の「変化する目的」なのかなと思っています。


4. 自律性とは、言った意見に責任を持つこと

整理すると、こうなります。

  • 心理的安全性 = 意見を言える環境
  • 自律性 = その先。言った意見に、責任を持つこと

意見は言えるのに報告がしづらい。意見を言うだけで、その結果どうなるか、どうするかまでは考えられていない。そういう状態があるんです。

なぜ、そこで止まってしまうのか。私は、自律性がないから ではなく、むしろ逆だと思っています。何か言ったら、自分で何かをしなければいけなくなる。その回路が働くから、意見を止めてしまう。

だから、心理的安全性があるというのは、「責任を持たずに意見が言える環境は整っている」ということかもしれない。でも、その先の自律性がある環境かというと、そこはちょっと違うんじゃないかと思うんです。


5. 心理的安全性 + 自由 = めちゃくちゃになる

ここが一番言いたいところです。

心理的安全性はあるけれど、あまり責任を取らなくてもいい、取る必要がない。この状態が「自由」です。そして、心理的安全性プラス自由な組織は、けっこうめちゃくちゃになっていきます。

リーダーが気を使って心理的安全性を確保する。サーバントリーダーシップという考え方もあります。でも、その状況「だけ」でいくと、組織として良い状態にはならないんじゃないか。

まとめると、こうです。「心理的安全性がある」と言う院長の多くは、「いろんな意見を言える環境です」と語る。では、そこに責任が続けられるか。 責任が続けられること、それが自律性です。自律性とは、意見を言った時点で責任が生じるということ。 自分たちが出した意見や判断に対して、その結果に責任を持つという覚悟がないと、自律性は成立しないんじゃないかと思います。


6. ただし、院長と同じ責任は求められない

とはいえ、と思うこともあります。

これは、以前紹介した「ソース原理」の本にも同じようなことが書いてあるのですが、究極のところ、どこの院長も開業するということに対して全責任を持って自分でやっているわけです。だから、そこまでの責任を負うような意見や行動をスタッフに求めるのは、難しいと思うんですね。

「そんなの、全員は無理だよ」という話になる。その通りです。だから、それぞれの個々が責任を持ってできる仕事のレベルというものがあって、そのレベルでやればいい と思っています。

逆に言えば、責任を持ってできないのに意見だけを言うことは、やっぱり無責任な自由になってしまう。それは心理的安全性であって、自律性ではない。ここで言う「責任」とは、そういう意味です。

その範囲の中で、自分の言った意見に責任を持って行動できる環境をつくっていく。 それがすごく大事なのかなと思っています。


7. いちばん問われているのは、院長自身

そして、ここからが自分に返ってくる話です。

私自身、たくさん自由に発信しています。でも、「ああやって言ったじゃないの」「これ、何度も言ってるんだけどな」と感じることがある。それは、勝手に発信しているだけで、スタッフが理解するというところまでできていないのなら、私が責任を果たしていない ということなんです。ただ自由に意見を言っているだけで、自律性ではない。

「たくさん言わないと動かない」「自分から動かないんだよね」と言う院長は、よくいます。私自身、昔はそうでした。でも、自分の自律性が確立されていないのに、スタッフにそれを求めても仕方がない。 院長自身の「自由と自律性」こそ、気をつけなければいけないところだと思っています。

話をまとめると、心理的安全性の先に、自律性がある。 意見を自由に言える環境をつくることは、まずステップとして大切です。でも、その先に、責任を持って意見を言い、行動する環境づくり を、院長はしていかなければいけない。それが自律性なのかな、というのが、最近考えていることです。


まとめ

  • 心理的安全性はティール組織に不可欠。でも それだけでは足りない
  • 心理的安全性=意見を言える環境/自律性=言った意見に責任を持つこと
  • 「意見は言えるが報告しづらい」のは、言えば自分がやることになる回路 が働くから
  • 心理的安全性 + 責任のない自由 = 組織はめちゃくちゃになる
  • スタッフに院長と同じ責任は負えない。責任を持てるレベル で意見と行動を結びつける
  • 院長自身の自律性 が確立していなければ、スタッフには求められない

FAQ

Q. 自律性は個人の資質やモチベーションの問題ではありませんか?
A. その面はあると思います。モチベーションについては『モチベーション3.0』(ドライブ)という本があって、内発的動機か外発的動機かという話が出てきます。内発的動機を高めることがすごく重要で、そのためには働きやすい環境も整えなければいけない。ただ、内発的動機で動く環境をつくる方法は一つでは収まりません。結局、組織は人であり、個々の人がどれだけ意識するかだと思っています。

Q. 責任を持ちたくなくて引っ込んでしまうスタッフには、どうすればいいですか?
A. 全員に同じ責任を求めることは、そもそも無理だと考えています。それぞれが責任を持ってできる仕事のレベルがあるので、そのレベルでやればいい。大事なのは、無責任な自由にしないことです。自分が責任を持てる範囲の中で、言った意見と行動が結びつく。その積み重ねだと思っています。

Q. 院長として、まず何から変えればいいですか?
A. 自分の自律性を疑うことからだと思います。「何度も言っているのに動かない」と感じたとき、それは発信しただけで、相手が理解するところまで責任を果たせていないのかもしれない。私自身がそうでした。スタッフに求める前に、院長が自分の言動に責任を持てているかを見る。そこが出発点だと感じています。


澤村 昌樹 — 沢村獣医科病院 院長