要点

  • 私がティール組織に行き着いたのは、組織論から入ったからではなく、幸福感について調べていたからでした
  • アドラー心理学も勉強しましたが、「OSになっていない」という違和感が残りました
  • 生まれ持ったもの(探求心・好奇心・創造性)を強める環境を探すうちに、自己決定理論に出会いました
  • 自己決定理論の三つは 自律性・有能感・関係性。個人が自分らしく幸福に生きるための心理的欲求だそうです
  • ティール組織が掲げるのは 自律性・変化する目的・関係性。並べてみると、よく似ていました
  • 「単なる理想論だ」という声もあります。ただ、動物病院に足りていないのはここかもしれない、と考えています

1. 「お金をいただいていいのだろうか」から始まった

少し遠回りな話から始めます。

獣医師になったころ、私は飼い主さんからお金をいただいていいのだろうか、と悩んだ時期がありました。今思えば不思議な悩み方かもしれませんが、当時は本気でそう思っていたんです。

その後、勤務した病院のひとつで、お金をいただいていいのだということを学びました。そこから、飼い主様から対価をいただくことを、正当な理由として自分の中で整理できるようになりました。

このあたりから、では組織をどうしたらいいのか、ということを自分で考えるようになったのだと思います。


2. レッド、アンバー、オレンジ、グリーン — 私が通ってきた順番

結論から言うと、私は組織の段階をひと通り通ってきてしまいました。

最初はレッド組織でした。 ティール組織の本でいう、恐れと恐怖の組織です。私は実際にそうしていました。自分の師匠や上の世代の方々は昭和の人たちで、自分もそういう教育を受けて、それで進んできた。だから、その流れ自体は自分でも納得できています。

次に、アンバー組織。ピラミッド型です。人数が増えてきたときに、どう組織を作ればいいのかと考えて、部長がいて、課長がいて、係長がいて、主任がいる、という一般的な会社の形を参考にしました。それを地道にやった時期もあります。

その後が、オレンジ組織。成果制度ですね。これだけの売上が出たら、これだけ。一時的にはみんなのモチベーションが上がります。ただ、ダニエル・ピンクの『ドライブ』という本に出てくるモチベーション2.0と同じで、自律的に働くという方向にはならなかった。サステナブルな状態ではなくなっていきました。

そして、グリーン組織。家族のように権限を与えていくと、みんなが少し楽しくなる。心理的安全性という言葉が出てくるのも、この辺りだったと思います。

ただ、グリーンにも困ったことが起きました。みんなで仲良く、とやっていると、なかなか物事が決まらない。任せていた人が、その人にとってやりやすい仕事の環境を作っていってしまうこともある。これが良いのか悪いのかは、正直まだ分かりません。

象徴的だったのは、自分の知らないところでバーベキュー大会が始まっていたことです。報告してくれよ、連絡してくれよ、という話になる。でも「家族のような組織なんだから、院長に相談しなくてもいいですよね」となる。何をやっているんだか分からなくなっていく。あれがグリーン組織だったのかな、と今では思っています。


3. アドラー心理学に感じた「OSになっていない」という違和感

そこまで来て、ではどうしたらいいのかと考えていた時期がありました。

ちょうどそのころ、心理的安全性やアドラー心理学が論じられ始めていました。動物病院の団体でも、アドラー心理学を推奨するビジネスコンサルタントの方を呼んで講演する、といったことが流行り始めたように思います。私自身も興味を持っていました。

ただ、なんとなく違和感があったんです。

うまく言葉にできなかったのですが、それがOSになっていない、という感じでした。OSというのは、コンピューターのOSという意味です。

アドラー自身は幸福論を論じた人で、幸福とは何かを追求した人だと理解しています。仲間感覚、共同体感覚、自己受容、他者信頼、貢献感。そういう言葉が出てきます。一つひとつは、確かに分かるんです。

でも、では組織をどう動かせばいいのか、どうドライブすればいいのかという具体的な言葉ではない気がしました。理解はできる。けれど、明日から何をすればいいのかが分からない。そういう感覚だったのだと思います。


4. 生まれ持ったものと、それを強める環境

では何なのか、と考えていくうちに、こういう整理にたどり着きました。

人が生まれながらに持っているものがあります。探求心、活動的であること、好奇心、創造的であること。そういったものは、もともと自分の中にある。そこにいろいろな環境が加わることで、これらは良くもなるし、悪くもなる——これは私が言っているのではなく、本にそう書いてあったことです。

こうしたものは、いわゆる生得的なもの、ということになります。

そうすると、次の問いはこうなります。その生得的なものを強化する環境や状況とは、いったい何なのか。

これを自分なりに追いかけていったときに出会ったのが、自己決定理論でした。


5. 自己決定理論 — 自律性・有能感・関係性

先にお断りしておくと、私は経営学者でも心理学者でもありませんので、これを深く追求することは難しいところがあります。あくまで、自分が読んで理解した範囲の話として聞いていただければと思います。

自己決定理論では、三つが挙げられています。

  1. 自律性
  2. 有能感
  3. 関係性

この三つの感覚が、自分らしい幸福な生き方をするために必要な心理的欲求なのだそうです。

これを知ったとき、なるほどな、と思いました。実はこの時点では、まだティール組織には出会っていません。

ただ、ひとつ引っかかったのは、これは「個」の話だということでした。個人に対しての理論なんです。では、組織としてはどうしていったらいいのか。そこがまだ埋まりませんでした。


6. 幸福感と、組織の数字

三つの要素が満たされると、幸福感が上がる。では幸福感が上がるとどうなるのか。気になって、いろいろ調べてみました。

幸福感が高い組織は、生産性が高い。 十数パーセント上がる、というようなデータがあるそうです。従業員同士の関係性も良くなっていく。これはすごいな、と思いました。

さらに調べていくと、エンゲージメントが高い組織では、売上が上がる、生産性が上がる、顧客評価が上がる。離職率についても四十三パーセントという数字を目にしました。

ここで、うちの病院の話を少しだけ。ティール組織に取り組み始めてから、マイナスの理由による離職はゼロになりました

ただ、これは正直に書いておきたいのですが、この数字は後から気づいて付け加えたもので、最初から狙って計測していたものではありません。一つの病院の、限られた期間の話です。規模も地域も違えば結果は変わるでしょうし、組織論以外の要因もあったと思います。だから、これをもって「ティール組織だから離職が止まる」と言うつもりはありません。うちの場合はそうだった、という一例として受け取っていただければと思います。


7. ティール組織の三つと、重ねてみる

そういうことを調べている中で、ティール組織に出会いました。

ティール組織が掲げているのは、自律性・変化する目的・関係性です。

一方、自己決定理論は、自律性・有能感・関係性

並べてみて、あ、これなのね、と思いました。「変化する目的」がないだけで、あとはよく似ているんです。

しかも、有能感と関係性は、実はちょっと似ているのではないかと考えています。関係性が良くなるためには、自分がいい仕事ができているとか、その人に認められているとか、そういう感覚が要る。だとすると、有能感と関係性は地続きなのかもしれません。

そこに加わったのが「変化する目的」だった。個人についての理論(自己決定理論)と、組織についての理論(ティール組織)が、こんなに似ている。 そこが、私にとっては大きな発見でした。

正直なところ、「ティール組織にすると売上が上がる」といった直接のデータは、あまり見当たりません。ただ、要するに幸福感を高くするということなので、そこは論理としてつながるのではないかと考えています。


8. 「理想論だ」と言われながら

ティール組織のほかにも、アメーバ組織や進化型組織など、似たようなことを言っているものはあります。

一緒に経営学を勉強した人の中には、「これは単なる理想論だよね」と言う人もいました。その指摘も、分かる気がします。

それでも私は、ひょっとしたらこれは、動物病院にとってめちゃくちゃ足りていないことなんじゃないか、と思ったんです。そのヒントを頼りに、これはすごいな、やってみようと思ったのが、私にとってのきっかけでした。

経営に正解はない、というのが私の基本的な考え方です。ここに書いたのは、遠回りをしてきた一人の院長が、たまたまこの順番で辿り着いた、というだけの話かもしれません。それでも、同じところで詰まっている方がいたら、何かの参考になればと思って書きました。


まとめ

  • 私は組織論からではなく、幸福感について調べていてティール組織に行き着いた
  • レッド → アンバー → オレンジ → グリーン(知らないところでバーベキュー大会)を通ってきた
  • アドラー心理学には「OSになっていない」という違和感が残った
  • 生得的なもの(探求心・好奇心・創造性)を強める環境を探して、自己決定理論に出会った
  • 自己決定理論=自律性・有能感・関係性/ティール組織=自律性・変化する目的・関係性
  • 「理想論だ」という声もあるが、動物病院に足りていないのはここかもしれない、と考えている

FAQ

Q. 自己決定理論とティール組織、どちらから学べばいいですか?
A. どちらが先でも構わないのではないかと思います。私はたまたま個人の理論から入って、後から組織の理論に出会いました。逆の順番の方もいるでしょう。ただ、自己決定理論は「個」の話なので、組織をどう動かすかという問いは別に残ります。私の場合は、その空白がティール組織で埋まったという感覚でした。

Q. 離職が止まったのは、本当にティール組織のおかげですか?
A. 正直なところ、断定はできません。うちの病院で、マイナスの理由による離職がゼロになったのは事実ですが、同じ時期に設備や待遇も変わっていますし、たまたま人に恵まれただけかもしれません。因果関係をきちんと検証したわけではないので、一つの病院で起きたこと、という以上には言えないと考えています。

Q. 「理想論だ」という指摘には、どう答えますか?
A. その通りかもしれない、と思っています。実際、一緒に経営学を勉強した人からも言われました。ただ、理想論だとしても、動物病院という業界にいちばん足りていないのはこの部分ではないか、という感覚が私にはあります。だから、正しいかどうかは分からないまま、やってみている、というのが現状に近いです。


澤村 昌樹 — 沢村獣医科病院 院長